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大般若経

大般若経が入っている木箱の写真  大般若経の巻物を開いた写真

大般若経の巻物写真

名称 

  大般若経
  (だいはんにゃきょう) 

基本情報

  安土桃山時代 

指定

  市指定(昭和53年3月11日) 

所在地・アクセス

  鹿沼市上粕尾740

  妙見神社と発光路公民館(郷土文化保存伝習館)
  (車)

東北自動車道栃木ICから粕尾峠・足尾方面行き約45分、鹿沼ICから粕尾峠・足尾方面行き約50分

  (バス)

JR鹿沼駅より新鹿沼駅前経由関東バス口粟野車庫行き「旧粟野町役場」前下車(約30分)さらにリーバス山の神行きに乗換え「羽立口」下車徒歩3分(約50分) 

所有者

  発光路自治区 

成り立ち・見所

  大般若経は、天文18年(1549)地元の豪族、高橋治部少輔吉久が、息女鶴子の眼疾平癒を祈願し奉納したものという伝承があります。中世史料に乏しい、当地方にとっては、文化的史料として貴重なものです。
  これは、発奥寺(発光路)薬師堂に奉納されたもので、薬師堂は薬王寺の境内にあり、同寺が管理していました。

  大般若経は、3箇の経櫃(きょうひつ)に収められ、その蓋の内側には下記のように記されています。

  外部側面に「初百内・弐百内」「三百内・肆(四)百内」「伍百内・陸(六)百内」とそれぞれ墨書し、中に内箱があり、1箱に10巻ずつ並べてあります。この写経が容易なものでなかった事は、内箱に記してある寄進碑及び旦那名が変わり、筆者が「宗心、窓心、無記名」など、完成までに年月を費やした事により判断されます。

  大般若経補修は、天保10年(1839)薬王寺住僧、秦龍壮多、並びに村人が修復に情念を傾けて行われたことが記録にあります。


掲載日 平成22年8月26日 更新日 平成28年10月27日
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栃木県鹿沼市坂田山2-170(市民文化センター 3階)
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